創価学会仏壇の桜梅桃李.com>店長のブログ>私の信行学

私の信行学

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十九を読んだ感想と決意 島幸弘

2017518142133.png

それは、太陽のような輝きに満ちていた。
 さわやかな希望の笑顔があった。清らかな生命の光彩があった。誇らかな青春の躍動があった。
 鼓笛隊総会は、メンバーの練習の成果をいかんなく発揮する華麗なる祭典となった。
 プロローグでは、山本伸一が作詞した鼓笛隊愛唱歌「平和の天使」の軽快な調べに合わせ、ブルー、ピンクの旗を使ったフラッグ隊の巧みな演技が喝采を浴びた。
 第一部「世界の広場」では、フランスのロワールの古城やシャンゼリゼ通り、中国の天安門広場、アメリカ・ニューヨークの摩天楼、パリの凱旋門と、次々と背景が変わる舞台で、ドラムマーチやドリル演奏が、華やかに、力強く繰り広げられていく。愛らしいポンポン隊の演技には、微笑みが広がった。
 第二部「希望の行進」では、「『軽騎兵』序曲」「さえずる小鳥」の演奏のあと、交響詩「民衆」となった。
   
 〽水平線の彼方
  大いなる海原のうねりにも似た民衆……
   
 友情出演した壮年部「地涌合唱団」、婦人部「白ゆり合唱団」、男子部「しなの合唱団」、女子部「富士合唱団」が、荘重な調べに合わせて、見事に歌い上げていく。
 詩「民衆」は、一九七一年(昭和四十六年)九月、東京・墨田区の日大講堂で行われた女子部幹部会を祝して山本伸一が贈った詩である。彼はこの詩で、本来、最も尊ぶべき民衆の歴史は、常に権力者によって蹂躙され、受難と窮乏の涙で綴られてきたことを訴え、沈黙と諦観と倦怠に決別し、民衆が主役の歴史を創ることを呼びかけたのだ。
   
 僕は生涯 君のために奔る
 一見 孤立して見えるとしても
 僕はいつも君のために
 ただ君のために挑戦しゆくことを
 唯一の 誇りある使命としたい

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十九を読んだ感想と決意 島幸弘

創価学会の地域・方面又は世界の国々で行われる「文化祭」は非常に多くの想いやドラマ・信仰体験などを基に、唄・踊り・演劇・体操・合奏・合唱など様々なパフォ―マンスで入りどられている。ほとんどの方々が初めての参加でもある事から、人生の大きな自分の歴史になる。その時に巡り合い、多くの困難を乗り越えて参加していく、その中に挑戦と体験が繰り広げらていく。私も青年期に何度か参加してきたことに感謝と感激のも想いがたくさん残ってる!全国の青年大会の成功を心から応援しています。

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十八を読んだ感想と決意 島幸弘

201759114517.png

午後六時半、山本伸一は、荒川文化会館を出発し、鼓笛隊総会の会場である荒川区民会館へ向かった。
 車に乗る時、同行の幹部が言った。
 「ここから二百メートルほど行きますと隅田川です。川の向こうは足立区になります」
 「そうか、足立か。できることなら、足立にも行って、皆を励ましたいな。
 先日、足立の婦人から手紙をもらったんだよ。あれが、みんなの思いなんだろうな。
 ――先生が会長を辞任されてから、本当に寂しくて辛くて仕方なかった。そのうえ、週刊誌などが無責任な学会批判を重ねるので、友人たちもそれを真に受け、ああだ、こうだと言ってくる。悔しさで胸がいっぱいになる。でも、負けません。今こそ、学会の、先生の正義を叫び抜いていきます。
 こういう内容だった。この闘魂が、“不屈の王者・足立”の心意気なんです。私は感動しました。皆、歯を食いしばって、頑張り抜いている。本当に頭が下がる。皆さんには、断じて幸せになってほしい。そのための信心であり、学会活動だ。だから試練の時こそ自らを鼓舞し、広宣流布の庭で必ず勝利の花を咲かせ、見事な幸の果実を実らせてほしい。
 どうか、足立の皆さんに、『日々、お題目を送っています。自分に勝ってください。宿命に勝ってください。広布の戦いに勝ってください。そして、幸せの花薫る勝利の人生を!』と伝えてください」
 車中、伸一は、足立の同志たちを思い、真剣に心で題目を唱え続けた。
   
 「二〇〇一年 大いなる希望の行進」をテーマに掲げた第三回鼓笛隊総会の最終公演が、二十六日午後七時から、荒川区民会館で華やかに行われた。新世紀をめざす、この“平和の天使”たちの活動も、学会が進めている文化・教育の運動の一つである。
 山本伸一は、鼓笛隊から再三にわたり出席を要請されており、皆を元気づけることができればと、招きに応じたのである。

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十八を読んだ感想と決意 島幸弘

一人のメンバーがどのような人生で何を悩んでいるのか?どのように先生はその事を考えられ行動されているのか?師弟共戦の人生ならば、人生の師匠である池田先生の行動を模範として自分自身の大切な人生を信心で捉え、行動で実現していきたいものである。幸せ薫る勝利の人生を自分自身で勝ち取るドラマの主人公なのだから。

 

健康で長生きするとビックリするほど~良い景色が見えるね~☀

20175894054.jpg

5月7日急きょ孫の発案で島家サプライズで実家に集合しました。

みんなで喜び溢れる食事会
幸せってみんながホッコリ出来ることだね

 

〈池田大作先生 四季の励まし〉 全ての母に感謝の花束を    2017年5月7日

20175772339.png

母は温かい。母は賢い。
 そして母は強い。
 母ありてこそ、私たちがいる。
 「母への感謝」は
 人類永遠の美心である。
 いわんや、友のため、
 地域・社会のため、広宣流布のため、
 だれよりも真剣に、大誠実で
 戦ってくださっているのが、
 わが婦人部の皆さんであられる。

 美しい自然、美しい姿、
 美しい人生、美しい家庭――。
 人間だれしも
 美しいものに憧れるが、
 それは自分の中に
 閉じこもっていては得られない。
 自分だけを
 見つめていてもつくれない。
 人との“よりよいお付き合い”、
 地域社会との“心豊かな交流”、
 自然との“優しい関係”。
 それらに向かって努力する中に、
 自分もまた
 美しく成長していくのである。

 尊敬は、深い次元で、
 相手の尊敬の心を呼び覚ます。
 相手に、
 こちらの気持ちが伝わるように、
 大誠実を尽くすのだ。
 真心は、最後には必ず通ずる。
 創価の女性の対話こそが、
 この世で最も麗しい
 信頼のスクラムを広げているのだ。

 母は一家の船長であり、
 操縦士である。
 婦人が勇敢にして
 聡明な信心を貫けば、
 家庭は必ず変わる。
 家庭が変われば、
 近隣が変わり、地域が変わる。
 社会が変わり、ひいては
 人類も必ず変わっていく――
 これが
 「人間革命」の方程式である。

 赤、ピンク、黄色……。柔らかな春の光に包まれ、色鮮やかなチューリップの花が、凜と咲いていた。2006年(平成18年)3月、池田大作先生が東京・新宿区内でカメラに収めた。
 チューリップの花言葉の一つに「思いやり」と。どこまでも家族や友の幸福を祈り、励ましを送る創価の母たち。その真心の行動があったからこそ、今日の創価学会の発展がある。
 人は、母を思う時、優しくなれる。そして強くなれる。母を喜ばせようとする心こそ、平和をつくる第一歩といえよう。
 全ての母に感謝の花束を! 母たちに幸福あれ、栄光あれ!――5月3日は「創価学会母の日」。そして、来る14日は「母の日」である。

〈随筆 永遠なれ創価の大城〉19 我らの凱歌の五月三日

201756163951.png

王者堂々と広布の峰へ前進!
「師弟共戦」「異体同心」の信心は無敵なり

日蓮大聖人の仏法は、全人類を永遠に照らす「太陽の仏法」である。
 御聖訓には、「一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(御書一四六七ページ)と仰せである。
 ゆえに時代の闇が深いほど、いよいよ鮮烈に、智慧と希望の陽光を放って、我らは進むのだ。
 久遠よりの誓願である広宣流布を断行するために! 民衆の幸福を勝ち取り、平和の未来を創り開きゆくために!
 誇り高き使命の大行進の中で迎える栄光の五月三日、誠におめでとう!皆、本当にありがとう!

師匠を偲びつつ

 一段と勢いを増しゆく学会の大発展の様子を、創立の師父に御報告したい――その思いを込め、私は、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を訪れた(四月二十六日)。
 同じ区内には、かつて牧口先生と戸田先生が、暴走する軍国主義と国家神道に抵抗して投獄された東京拘置所があった。師弟して「立正安国」のために戦い抜かれた魂の決戦場である。
 この師弟の殿堂を守り荘厳されている豊島区・北区をはじめ地元の方々に感謝は尽きない。
 遠来の友を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で迎えてくれる創価班、牙城会、白蓮グループにも、また音楽隊、鼓笛隊、ドクター部、白樺の皆様、栄光会など役員の方々にも、さらに王城会、香城会、会館守る会、サテライトグループなどの方々にも、心から御礼申し上げたい。
 御書には、「日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか」(一一一三ページ)と記されている。
 学会の会館は、御本仏の不惜の精神に直結して殉難した、創価の師弟の崇高な魂魄を留める広布の法城である。ゆえに、集い来る地涌の闘士たちが皆、「心の財」を無量に積みゆけることも、また絶対に間違いないのだ。
 師弟共戦の歴史を綴ってきた講堂を訪問した意義を刻み、ここでは不滅の学会精神を三点にわたり確認し合いたい。

勝利は祈りから

 一つ目は、一切の勝利は「祈り」から始まる、ということだ。
 牧口、戸田両先生の肖像が見守る講堂で、私は妻と厳粛に勤行・唱題し、死身弘法の御徳に報恩感謝の祈りを捧げた。とともに、慈折広宣流布の大願成就を、そして大東京をはじめ、全国、全世界の宝友の幸福勝利を真剣に祈念した。
 大聖人は、「多くの月日を送り読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし」(御書一一九四ページ)と仰せである。
 大聖人の仏勅である広宣流布、立正安国を誓願し、我ら創価の師弟が唱えてきた自行化他の題目が、どれほど莫大であることか。その功徳は、今や壮大に青き地球を包んでいるのだ。
 女性門下に送られた御文には、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(同一一八七ページ)と説かれる。
 まさしく、仏天をも揺り動かす絶対勝利の祈りで、一切を勝ち開いてくれているのが、世界一の太陽の婦人部である。
 五月三日は「創価学会母の日」――私たちは、尊き広布の母に、最大の賞讃と深謝を捧げたい。
 母たちを中心に、我ら創価家族の祈りは「異体同心」の祈りである。
 いずこでも、悪戦苦闘の友がいれば、励まさずにはおかない。共に祈り、同志のために動かずにはいられない。
 「自他彼此の心なく」結ばれた、この最高に麗しい絆が日本中、世界中に張り巡らされている。だから、御本仏の大生命が脈々と流れ通うのだ。

自ら人間革命を

 二つ目は、広宣流布の全ての戦いは、自分自身の「人間革命」のためにあるということだ。
 戸田講堂の恩師記念室では、貴重な広布史の展示を拝見した。
 丹精込めて復元された豊島公会堂の模型も、誠に懐かしかった。
 戸田先生は、先師が獄死された拘置所の間近にある、この公会堂を正義の言論戦の舞台として、御書や法華経を講義していかれたのだ。
 六十年前の八月、私が荒川区で広布拡大の指揮を執った直後にも、先生は、この豊島の会場での本部幹部会で全国の飛躍を讃えられた。そして、新入会の友らを温かく励まし、皆に「信心してよかった」という喜びを味わわせてほしいと念願されたのである。
 「各人が幸福をつかむ信心」の確立にこそ、先生の鋭き焦点があった。
 そのためには、労苦をいとわず「地涌の菩薩」の行動を、と教えられた。
 我らの地球が正確に自転しつつ太陽の周りを公転するが如く、「人間革命」と「広宣流布」は絶妙に連動して、無限の価値を創造していくのだ。
 「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(御書三三ページ)とは、「立正安国論」の結論である。
 日々、「行学の二道」に励みながら、大法弘通のため、立正安国のため、勇んで戦っていく。このダイナミックな学会活動こそ、皆が宿命を転換し、絶対的な幸福境涯を開きゆく、最も確かにして速やかな「一生成仏」の軌道であることを、先生は明かされたのだ。
 展示の中に、一九七三年の五月五日、豊島の友三千四百人との記念撮影や子ども運動会の写真もあった。この折、皆で「勝利」の意義を語り合ったことも思い出深い。
 ――新しき前進への活力は、勝つことである。勝利は、新しき希望を生み、新しき勇気を育む。ゆえに、一つ一つの課題に断固として勝ち続けていくことが、広宣流布の原動力である、と。
 当時の可愛らしい未来部の友も、皆、立派に成長して、「人間革命」即「広宣流布」の勝利のために、団結し、奮闘してくれていることが、何より嬉しく、頼もしい。

巌窟王の精神で

 三点目に、「巌窟王の折伏精神を忘るるな」と訴えたい。
 学会が「広宣流布」という言葉を公の場で使った最初の記録は、七十五年前(一九四二年)の五月、創価教育学会の総会での牧口先生の発言であった。既に太平洋戦争の渦中である。
 牧口先生は、軍部政府からの弾圧も覚悟されていたのであろう。この総会で、嵐に立ち向かうが如く、我らは国家社会を大善の方向に導くのだと師子吼されている。
 そして一対一の折伏によってこそ、「家庭を救い社会を救い、そうして広宣流布に到るまでの御奉公の一端も出来ると信ずる」と断言された。
 ここに「広宣流布」という学会永遠の使命と責任が定められたのだ。
 正義の師を獄死せしめた権力の魔性に憤怒した戸田先生は、妙法の巌窟王となって、一九四五年の七月三日に出獄した。
 必ず広宣流布することこそが、師の仇討ちなりと覚悟された戸田先生は烈々と叫ばれている。
 「私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は、私の手でいたします」
 「私の手で」と、先生は言われた。誰かではない、自ら人生を懸けた誓願として言い切られている。
 そして戸田先生は、牧口先生と寸分違わず、「一対一の膝詰めの対話」によって、広宣流布の道を切り開いていかれたのである。
 一対一で、勇気をもって正義を語る、真心込めて友を励ます――この折伏精神に、人間一人ひとりの無限の可能性を開きゆく広宣の直道がある。
 日本も世界も、激動と不安の中にある。誰もが心から信頼できる何かを求めている。だからこそ、私たちは、目の前の一人を大切にし、相手の仏性を信じ、確信を持って語るのだ。
 粘り強い大誠実の対話は、悪意や偏見も打ち破る。確かな友情を結び、仏縁を広げていくのだ。
 恩師・戸田先生は水滸会や華陽会の折々に、「巌窟王の心」とは、何があっても巌の如く信念を貫き通す折伏精神であると教えてくださった。
 この心で、私は恩師の出獄から十二年後の七月三日に入獄した。全く無実の罪であった。本年夏で六十年となる。「師弟共戦」と「異体同心」の信心は無敵なりと、満天下に示し切ってきた。
 そして今、わが愛弟子たちが一切を受け継ぎ、師弟の正義を、巌窟王の如く威風堂々と勝ち示してくれることを、私は大確信してやまない。

凱旋の鐘を打て

 戸田講堂の平和ロビーには、二〇〇一年の「五月三日」を記念する第一回東京総会に際し、私が鳴らした「七つの鐘」のオブジェがあった。
 今回、湧き上がる思いのまま、「わが全同志に勝利の鐘よ響け! 大東京に凱歌よ轟け!」と、再び強く、また強く鐘を打ち鳴らした。
 鐘の響きには、深く共鳴しつつ、はるか彼方まで届いて、魂を呼び覚ます力がある。
 我らも大歓喜の生命の躍動を、一人また一人と伝え、社会へ、世界へ、未来へ、大いなる希望の波動を広げていくのだ。
 さあ、広宣流布の峰を目指し、共に、共々に、勇気凜々と、晴れやかな凱旋の暁鐘を、打ち鳴らそうではないか!

 (随時、掲載いたします)

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十七を読んだ感想と決意 島幸弘

201756162447.png

荒川文化会館に到着した山本伸一は、集っていた鼓笛隊のメンバーらと共に勤行し、鼓笛隊総会の成功、そして、鼓笛の乙女らの成長と幸せを願い、深い祈りを捧げた。
 また、荒川のメンバーの代表とも懇談し、活動の模様などに耳を傾けた。話題が一九五七年(昭和三十二年)八月の、伸一の荒川指導に及ぶと、彼は言った。
 「私は、あの闘争で、草創の同志と共に、あえて困難な課題に挑戦し、“勝利王・荒川”の歴史を創りました。この戦いによって、皆が“広宣流布の苦難の峰を乗り越えてこそ、大勝利の歓喜と感動が生まれ、崩れざる幸福境涯を築くことができる”との大確信を、深く生命に刻みました。
 あれから二十余年がたつ。今度は、皆さんがその伝統のうえに、さらに新しい勝利の歴史を創り、後輩たちに伝えていってください。
 広宣流布の勝利の伝統というのは、同じことを繰り返しているだけでは、守ることも創ることもできません。時代も、社会も、大きく変わっていくからです。常に創意工夫を重ね、新しい挑戦を続け、勝ち抜いていってこそ、それが伝統になるんです。つまり、伝えるべきは“戦う心”です」
 “戦う心”という精神の遺産は、話だけで受け継がれていくものではない。共に活動に励む実践のなかで生まれる魂の共感と触発によって、先輩から後輩へ、人から人へと、伝わり流れていくのである。
 伸一は、言葉をついだ。
 「今こそ、荒川の一人ひとりが、山本伸一となって敢闘してほしい。一つの区に、未来へと続く不敗、常勝の伝統ができれば、学会は永遠に栄えます。皆が、そこを模範として学んでいくからです。荒川には、その大使命があることを忘れないでください。
 私は今、自由に会合に出て、指導することもできません。こういう時だからこそ、皆さんに立ってほしい。すべてに勝って、学会は盤石であることを証明してほしいんです」
 決意に輝く同志の眼が凜々しかった。

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十七を読んだ感想と決意 島幸弘

“戦う心”という精神の遺産は、話だけで受け継がれていくものではない。共に活動に励む実践のなかで生まれる魂の共感と触発によって、先輩から後輩へ、人から人へと、伝わり流れていくのである。」2月より地元支部長と共に家庭訪問をしている。悩むより家庭訪問した方が解決により近くなる。家庭訪問し各家庭の実情を身で体験し自宅に戻りお題目をおくる、祈る。こうして毎月の先駆の日を迎えていく!

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十六を読んだ感想と決意 島幸弘

201756161442.png

同志の中へ、心の中へ――山本伸一は、日々、激励行を重ねていった。それは、創価の新しき大地を開くために、語らいの鍬を振るい続ける、魂の開墾作業でもあった。
 激動の一九七九年(昭和五十四年)は師走に入り、慌ただしい年の瀬を迎えた。
 十二月二十六日午後、伸一は、東京・荒川文化会館を訪問した。この日の夜、荒川区民会館で開催される第三回鼓笛隊総会に出席することになっており、それに先だって、文化会館に集合している鼓笛隊や、地元・荒川区の同志を励ましたかったのである。
 伸一の荒川への思いは、人一倍強かった。
 五七年(同三十二年)七月、彼が選挙違反という無実の容疑によって逮捕・勾留された大阪事件から一カ月後の八月、広布の開拓に東奔西走したのが荒川区であったからだ。
 横暴な牙を剝く“権力の魔性”と戦い、獄中闘争を展開した彼は、不当な権力に抗し得るものは、民衆の力の拡大と連帯しかないと、心の底から痛感していた。ゆえに、人情味豊かな下町の気質を受け継ぐこの荒川の地で、広宣流布の大いなる拡大の金字塔を打ち立てることを決意したのだ。
 彼は、一人ひとりに焦点を当て、一人を励ますことに徹した。全情熱、全精魂を注ぎ、一騎当千の勇者を次々と誕生させていった。
 荒川は小さな区である。しかし、そこでの団結の勝利は、全東京の大勝利の突破口となり、必ずや全国へ、全世界へと波動していく。
 伸一は、“荒川闘争”にあたって、ある目標を深く心に定めていた。それは、一週間ほどの活動であるが、区内の学会世帯の一割を超える拡大をすることであった。
 皆が、想像もできない激戦となるが、ここで勝つならば、その勝利は、誇らかな自信となり、各人が永遠に自らの生命を飾る栄光、福運の大勲章となろう。
 御聖訓には、「強敵を伏して始て力士をしる」(御書九五七ページ)と。伸一は荒川の同志には、困難を克服し、確固不動なる“東京の王者”の伝統を築いてほしかったのである。

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十六を読んだ感想と決意 島幸弘

自分の人生の歴史の中で、この時に最高の戦いをした!また、これからも過去最高の戦いを自分自身で決意する勇気ある行動を起こそう!自分自身が永遠に成長していくために常に戦はある!常勝の誉れの人生を歩んで行こう!

 

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

2017561600.png

山本伸一は、青年たちと、忌憚なく話し合えることが何よりも嬉しかった。
 伸一は、彼らに大きな期待を込めて語った。
 「青年には、学会の後継として、一切を担っていく重大な使命がある。
 ゆえに、戸田先生は、青年を本気で育てようと訓練された。とりわけ、私には人一倍厳しかった。大勢の前で、激しく叱咤されたこともあった。ほかの人の失敗でも、叱責されるのは常に私だった。特に、皆に対して、広宣流布に生きる師弟の道の峻厳さを教える時には、私を対告衆にされた。
 獅子がわが子を、あえて谷底に突き落とすような訓練でした。先生は私を、後継の師子に育てようとされたからです。
 私が、首脳の幹部を厳しく指導してきたのも、これから学会の全責任を背負っていく重要な立場だからです。
 最高幹部は、常に真剣勝負でなければならない。また、何があっても、必ず勝ち抜いていく強さが必要である。ますます成長して、立派な指導者に育ってほしい。だから私は、広布に生きる人生の師として、これからも厳しく言っていきます。それが慈悲です。
 師匠というのは、本当の弟子には厳しいものなんです。この年になって、戸田先生のお気持ちが、よくわかります。
 先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。
 君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

「創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。」先生が未来にわたり私たちに常住時説法されているが如く人間革命・新・人間革命を学びながらこの人生を生きていこう!

 

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

2017561600.png

山本伸一は、青年たちと、忌憚なく話し合えることが何よりも嬉しかった。
 伸一は、彼らに大きな期待を込めて語った。
 「青年には、学会の後継として、一切を担っていく重大な使命がある。
 ゆえに、戸田先生は、青年を本気で育てようと訓練された。とりわけ、私には人一倍厳しかった。大勢の前で、激しく叱咤されたこともあった。ほかの人の失敗でも、叱責されるのは常に私だった。特に、皆に対して、広宣流布に生きる師弟の道の峻厳さを教える時には、私を対告衆にされた。
 獅子がわが子を、あえて谷底に突き落とすような訓練でした。先生は私を、後継の師子に育てようとされたからです。
 私が、首脳の幹部を厳しく指導してきたのも、これから学会の全責任を背負っていく重要な立場だからです。
 最高幹部は、常に真剣勝負でなければならない。また、何があっても、必ず勝ち抜いていく強さが必要である。ますます成長して、立派な指導者に育ってほしい。だから私は、広布に生きる人生の師として、これからも厳しく言っていきます。それが慈悲です。
 師匠というのは、本当の弟子には厳しいものなんです。この年になって、戸田先生のお気持ちが、よくわかります。
 先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。
 君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

「創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。」先生が未来にわたり私たちに常住時説法されているが如く人間革命・新・人間革命を学びながらこの人生を生きていこう!

 

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

2017561600.png

山本伸一は、青年たちと、忌憚なく話し合えることが何よりも嬉しかった。
 伸一は、彼らに大きな期待を込めて語った。
 「青年には、学会の後継として、一切を担っていく重大な使命がある。
 ゆえに、戸田先生は、青年を本気で育てようと訓練された。とりわけ、私には人一倍厳しかった。大勢の前で、激しく叱咤されたこともあった。ほかの人の失敗でも、叱責されるのは常に私だった。特に、皆に対して、広宣流布に生きる師弟の道の峻厳さを教える時には、私を対告衆にされた。
 獅子がわが子を、あえて谷底に突き落とすような訓練でした。先生は私を、後継の師子に育てようとされたからです。
 私が、首脳の幹部を厳しく指導してきたのも、これから学会の全責任を背負っていく重要な立場だからです。
 最高幹部は、常に真剣勝負でなければならない。また、何があっても、必ず勝ち抜いていく強さが必要である。ますます成長して、立派な指導者に育ってほしい。だから私は、広布に生きる人生の師として、これからも厳しく言っていきます。それが慈悲です。
 師匠というのは、本当の弟子には厳しいものなんです。この年になって、戸田先生のお気持ちが、よくわかります。
 先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。
 君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」

 〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五を読んだ感想と決意 島幸弘

「創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。」先生が未来にわたり私たちに常住時説法されているが如く人間革命・新・人間革命を学びながらこの人生を生きていこう!

 

トップに戻る