〈小説「新・人間革命」〉 力走 二十六 を読んだ感想 島 幸弘

2016年4月23日 AM 11:09

情熱店長ブログ

〈小説「新・人間革命」〉 力走 二十六 を読んだ感想 島 幸弘

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「人間というのは、なかなか自分を見つめようとはしないものです。
 皆が団結できず、地域の広宣流布が遅々として進まない組織がある。何人かの幹部に“どこに原因があるのか”を聞いてみると、たいてい『あの人が悪い』『この人が悪い』等々、たくさん理由をあげる。確かに、そう指摘される人には問題があるかもしれませんが、そこには、自分はどうなのだという視座が欠落している。他の人が悪いからといって、自分が正しいとは限りません。ところが、“自分に責任があるのだ。私が悪い”とは考えない。つまり、『己心の外』にばかり目がいってしまい、大聖人の御聖訓も、学会の指導も、他人を測り、批判するための尺度になってしまっているんです。本来、仏法の教えというものは、自分の生き方の尺度とすべきものです。ここを間違えると、信心の道を大きく踏み外してしまうことになります。だから、皆さんには、幸せになるために、自分自身に生き抜き、本当の信心を貫いてほしいんです。
 仏法者というのは『自己挑戦』の人、『自己対決』の人です。我即宇宙ですから、自身を征する人は一切に勝つことができます。ともかく、題目を唱えていけば、自分が変わります。自分が変われば、環境も変わる。したがって、いかに多忙であっても、勤行・唱題という根本の実践は、決しておろそかにしてはならない。その根本がいい加減になれば、すべてが空転してしまい、価値を創造していくことはできないからです。どうか、一日一日、一瞬一瞬を大切にし、わが生命を輝かせながら、大勝利の所願満足の人生を生き抜いてください」伸一は、情熱を込めて語り抜いた。 指導には、一つ一つの事柄を徹して掘り下げ、皆が心から納得するまで、嚙み砕いて話していく粘り強さ、誠実さが必要である。

「自分自身が人間革命して人生を成長しながら生きて行く、自分との挑戦、自分との闘いが本当の信心」(画像・記事内容は聖教新聞から転載させて頂きました)

 

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