体調不良は「前進」の証。魔を見破り、自受法楽の境地へ
朝の題目1万遍:1,010回
おはようございます。今日も皆さま、お元気でしょうか。
「桜梅桃李.com」の島幸弘でございます。
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現在、私は「題目一千万遍」の軌跡を記した著作の編纂に、全生命を傾けて格闘しております。日々、自分の生命と向き合い、御本尊に祈り抜く中、昨日・今日と、「体調の不調」を感じていました。
ふとした瞬間、心に囁きが聞こえます。
「今日は体調が悪いから、少し休んだらどうだ?」
「無理をして倒れたら、元も子もないぞ」
しかし、御本尊を拝し、自分自身に問いかけました。
「これは本当に肉体が休養を求めているサインなのか。それとも、前進を阻もうとする『魔』の仕業なのか」
梵天と帝釈の間に潜むもの
仏法では、諸天善神である梵天・日天の間に、第六天の魔王がいると説かれます。
御本尊様をよく拝すると、右側中段にあるのです!
大事なのは、その「魔」に気づけるかどうか。自分自身で判断ができるかどうかです。
毎日、一万遍の題目を命に刻み、御本尊を真っ直ぐに拝しているからこそ、この「微かな違和感」が単なる疲れではなく、宿命転換を阻もうとする壁であると見抜くことができる。見つけられるということ自体が、日々祈り抜いている証拠でもあると確信しております。
「魔が競わない」わけがない
私たちは生身の人間、凡夫です。
その凡夫が「毎日1万遍題目をあげる!」「地涌の菩薩として立ち上がる」と決めて、真剣勝負の毎日を送っているのです。
魔が競い起こらないわけがありません。
むしろ、困難が立ちはだかってくることこそ、私たちが正しく「仏」の道を歩んでいる、地涌の菩薩であるという何よりの確信ではないでしょうか。
「自受法楽(じじゅほうらく)」の境地へ
自受法楽(じじゅほうらく)とは:
仏が自らの悟りの境界(法)を享受し、楽しむこと。法華経の「衆生所遊楽」に基づき、苦楽をありのままに受け入れ、南無妙法蓮華経の題目を唱えて生きる最高絶対の幸福境涯を指す。日蓮仏法では、苦境にあっても信心によって乗り越える姿こそが、本当の「自受法楽」であると説く。(引用:創価ネット)
体調が良い日も、悪い日も。
仕事が順調な時も、壁にぶつかった時も。
そのすべてを丸ごと抱きしめて、題目と共に突き進んでいく。
私は本日も、題目根本で自分を折伏し、最高の価値創造の一日を勝ち取ってまいります。
皆さま、何があっても「自分をあきらめない連続した勇気」で、
共に宿命転換のドラマを綴っていきましょう!
Let’s 題目!