【第156回ライブ】車イスでも大丈夫 ― ショールームとお話しできる仏壇店

こんにちは。お元気でしょうか。桜梅桃李の島でございます。YouTubeライブ、これから開始してまいります。よろしくお願いいたします。

今日は9月の5日になりました。皆さん、お元気でしょうか。全国的に雨が多かったり、線状降水帯も、どこに現れるか分からないような状況ですよね。

車イスでも、そのままご覧いただけます

先日、当店の駐車場をずっと振りまして、入り口がスロープになってるんですね。これは車椅子の方が、すっと入れるようになっていまして。靴を脱いで上がっていただく店舗になってるんですね。あとは全部フラットなんですけども、そこの段差も10cmなんです。

ですので、このスロープをずっと車椅子で来ていただいて、その段差は簡単に車いすは上がれますので大丈夫なんです。車イスでも店内を自由に見ていただけるよう店舗内は平らになっているのです。

仏壇は、すべて移動できる台車の上に

仏壇はすべて移動できる台車に設置されておりますので、車椅子の方が気に入った仏壇のところに停止いただければ、店内の仏壇を指名いただければ、その場にすぐに移動して2本、3本と同時に見ていただくことができます。

旧店舗では、仏壇を置くための台が設置してありましたので、そこに2名で持ち上げて設置していました。そしてその場から移動するにしても、一度仏壇をおろしてという作業も必要でした。桜梅桃李.comショールームではそのような非合理的な作業から一つ進化させて、一度仏壇を設置すれば、一人で自由に移動できますので、写真撮影から動画撮影まで自由に仏壇を組み合わせたりすることも可能になりました。

北関東一の創価仏壇専門ショールームができるまで

今回は旧店舗から様々に学び、北関東一の創価仏壇専門のショールームができたお話と私の想いの一端をお話させていただきたいと思っています。

こちらは2021年の5月3日にオープンすることができました。ちょうどコロナとぶつかる感じのところだったんですね。ですので、前の古河文化会館の隣の仮店舗に30数年間、家賃を払いながら、狭いところで一生懸命やってきたわけですけども。

今後どうするのかという風に思った時に、今、後継者の木村君もいますので、このまんまここで駐車場が2台しかなくて、私の車1台で止めると、木村君あるいは妻の車があればもう終わり。自宅の方に事務所があって、元はそちらのところで撮影していたり、そちらに中古仏壇を置いていたりして、お店が狭いので。

その後、私の男子部の後輩だった大工さんの敷地がありまして、そこに20坪ぐらいの場所を作るんですよ、という話だったんで、「じゃあちょっとそれ貸してくれないか」という話になって、そちらで約2年半、3年ぐらいですかね、そちらはもう中古専門で。そこは20坪ですから、25本ぐらい送りましたけどね。そのような形で展開させていただいて、いよいよ2021年にこちらに移ってきたという経緯があります。

おかげ様で、駐車場と店舗が狭いということで本当に悩んでおりましたけども、今は30台置けるような駐車場と、50本以上置けるような店舗。それでも店舗の方は、もう少し広いほうがいいかなと思ったりもしてたりですね。虚空厨子がだんだん広まってきましたので、そのバリエーションとか、色々やりたいことがいっぱいあるんですよね。その上で、海外からのご連絡も少しずついただけるようになってきたということなんですね。

古河駅から送迎いたします

茨城県古河市、圏央道の五霞インターから15分ぐらいですね。それから電車だと宇都宮線 古河駅下車ということになりますけども、そこまで送迎いたしますので、来ていただければ、ここで新たな、あなたにドンピシャのお仏壇が見つかるということになるのかなという風に思っております。ぜひご覧いただければと。

今日も実は、午後に群馬県からご来店の予約が入っております。ですので後ほど、ショールームの店舗ツアーを撮らせていただいて、またショールームのページに掲載させていただいております。ショールームのページも、大体毎週1回ぐらい、1週間から10日の間に1つ掲載させていただいて、古いのが後ろから外れていって、新しいのが乗るみたいなことでやらせていただいております。

ショールームで一番何が特徴かというと、もちろん私と直接お会いできますし、いろんなお話ができますね。ですので、「涼しくなったら私に会いに来るだけよ」っていう人も何人かいらっしゃったりもしております。ぜひ、私も楽しみにしておりますので、お越しくださいという風に思っております。

45年目、毎日1mmでも進化する

創価学会仏壇の専門店として今45年目に入りまして、大きな決意をたくさんしております。毎日、朝、題目をあげながら、日々お客様と対話をしながら、どんどん進化していくわけなんですね。発想はどんどんどんどん増えていきます。

昨日と今日では雲泥の違いがあるという日も実はあったり、あるいはもう1mmぐらいしか違わない時もあったり。微々たるものではありますけども、間違いなく前進している、進化しているという毎日の実感を私はしています。

そのこと自体が信心ではないかな。そのこと自体が生きるということではないのかな。そのこと自体が宿命転換であり、人間革命ではないのかなという風に思っている次第でございます。

守備範囲は、自分の年齢プラスマイナス30歳

先日も壮年部の方がいらっしゃって、ちょっと買い物をしたいということで。「あ、そうですか。もし時間があったらぜひ美味しいコーヒーでも入れますから」ということで、コーヒーを召し上がっていただいたわけですけども。

もう仕事もリタイアされて、そして役職も、どちらが先か分かりませんけど副になって、しばらく経って、今、歯の治療をされてるということなんですけども。その中で、ここで椅子に座りながら、もう同年代ですから、「最近どうですかね」みたいな感じですると、もうさすがに、リタイアして、それで役職もなくなったことで、本当に「毎日どうしようかな」みたいなことを言っておりました。

その中で「あれ、趣味とか何かなかったんですかね」みたいな話をした時に、「まあ、仕事と組織が精一杯だったもんで」と。そうですよねっていう話ですよね。

この年代、私いつも思うんですけども、頑張る頑張ると、この守備範囲というのがどうなるかというと、上がプラス30歳、下に30歳ですね。私、69歳なので、30歳だから99ですかね。で、下に30ですから39ですかね。そうしますと、うちの木村君がギリギリね。そして上は、うちの父は95歳で何とか対応してますので、まあそれが守備範囲かな。大体、自分の年齢プラスマイナス30歳っていうのが、私の有効範囲かなってギリギリ思ってますけども。

生きてきたこと自体が、人生の宝

やはり、この生きてきたという、様々な経験をしてきたというこの事実は、この体験は、やはり人生の宝だと思っております。自分自身の大きな大きな宝であり、資産なんですよね。

どんな方も、色々様々、大変な人生を送ってきているのは間違いないんですよ。生まれて、生老病死と言われてますけども、生まれただけで何でも思い通りに行ったり、何もなく、人から見て何を言われても、そんなにスムーズに行く人生ってないという風に思っておりますし。だからこそ、その一人の人生において、この生きてきたという現実は、間違いなくそこにあるという風に思っております。

もちろん、どんな生き方をしようが、その人が責任を持って生きてるわけですから、全部自分自身の責任である。この信心もそのようにご指導されておりますよね。そして、自分自身のこの人生をどのように生きていくかのために信心があるということも言われております。

私自身も本当に、この信心をしていて良かったなと思うのは、やはり何としても自分らしく生きていきたい、もっと自分が強くなっていきたい、もっと自分自身の願い・希望があるから、これを実現していきたい、そういう人生を歩んでいきたい。そのために信心をしているということで。勤行して、地域の組織活動に、あるいは男子部とか壮年部の人材グループにも所属して、多くの体験をさせていただいてきております。もう本当に良かったなという思いしかないですね。

そして、様々な挫折もありました。病院に行ったら、うつ病って診断されるという状況の時もありました。もう何百回も倒産の危機にもなっております。でも、これが全て生きているということであって、それ以外の何でもないということなんですね。

他の方から見たら、「なんかいつも頑張ってる」とか「いつも自信満々だね」とか「元気だね」とか、様々なことを言われますが、内はとても大変なんですよね。もう四苦八苦しちゃっております。もうガタガタだし、崖っぷちだし。そういう風に生きてます。でも、生きているんですよね。ここに大事な点があるのかなと思うんです。

それでも生きていく。ただ生きてるんだったら、それだけの気力も、気持ちの充実もないわけですよね。1mmでも進化していく、1mmでも進んでいくという気持ちを曲げたことが一切ない。もちろん、意識を失っているような状況の中でそんなことを意識的に考えていられない状況は別として、それもそんなにあったわけじゃありませんよね。

決めて、祈って、動く

人生というのは、やはり自分の頭で考えたようにはなっていくんではないかなっていう風に思ってますし、自分で決めて、そのように生きてやろうって思えば、やはりそのような方向に行くっていうのは間違いないことだなと。そのうち何とかなるとか、誰かがどうにかしてくれるとか、そういうことではないっていうのが、もう本当にはっきりと分かってきたっていうことですね。

自分自身の希望は実現しませんけども、決めて、祈って、動くということを、自分自身が自分を諦めずに行っていけば、どんどんそういう方向になっていきますし、様々な諸天が動きますので。諸天っていうのは動きですよね。協力者が出たり、タイミングよくどうのこうのだったり、よく守られたとかありますけどね。もう全部それは、自分自身の生きていくという意思に沿って付随することであって。

自分自身が無力で、やる気がなくて、「もうどうでもいいや」と思ったり、無気力と言ったらいいんでしょうね、そういうところにはどっちにしろ備わるわけがないんですよね。生きる力という、そういう方向・意思によって、その力の進み方によって。車でもバイクでもそうですけども、アクセル開ければ風が受ける。車も同じですよね。開けたら風がバッと入ってきますしね。今、暑いから閉めてエアコンかけていますけども、それと同じですよね。

自分の生命を、自分で褒め称える

ですので、この生きているということ自体が本当にとてつもないことであって、もう感謝しかないことであって。せっかく感謝するんであるならば、この自分の生命に対して本気になって感謝するんだったら、やはり南無妙法蓮華経とお題目を唱えて、自分の生命を褒め称えてあげるという必要があると思うんですよね。

誰も褒めてくれないですし、ある意味、誰も認めてくれないわけですよね。ですので、自分自身が自分自身を認めてあげるという。言葉ですから、まず自分が自分を認めてあげる。南無妙法蓮華経、自分の生命に梵天帝釈の力を入れるため。その上で、創価学会に、我が地域の全ての同志の方々の生命に、梵天帝釈の力を入れたまえという生命変革の祈り。ご健康とご長寿を祈りたい。全ての成功と勝利を祈りたい。題目を送ります。自らが自身の生命に、言葉を持って唱えていくことにつけるのかなという風に思っております。

あとは、目の前の一人のために私は何ができるだろうかということなんですね。先ほどの壮年の方から随分話が飛んだかもしれませんけど、壮年と10分、20分ぐらいですかね、話したかもしれませんけど。その間に私はそんなことが頭を巡ってるわけですね。そして、「趣味とか、新たな何かちょっとしたチャレンジしてみてはいかがでしょうか」ということで別れるわけですけども。

定年のない仕事を、自分で作った

私はもう自営業ですから、自営業は定年が実にないんですよね。自分がやめると思った時に終わるんですね。まあ悪い言い方すれば、死ぬまで働くわけですね。もうありがたいことですね。死ぬまで働けるという、その環境・状況を私が自ら作ったんですよね。「定年が楽しみだ」って言葉はないんですね。逆に僕は「定年が不安」っていう感じですよね。

なので、57の時に自分で感じた、自分の境涯。「まだこんなところにいるのかよ」とね。富士山の登山みたいなもんですよ。「まだ麓にいたのかよ」と。麓も勾配があってね、一合目とかいうところまで行くの、結構大変なんですよね。舗装されてないしね。自分が道を切り開いていくわけですからね。

そういう流れの中で、「あ、これはとてもじゃないけど」って思ってね。そういう不安な気持ちとか、自分自身のふがいなさとかをメインに思ってしまった時に、ちょっとうつ傾向が出てきたりしたんですよね。でも、そこで諦めずに、また奮起するという状況になれたので、次のステップに進めたわけです。

そこにはやはり、自分の妻、家族がいたからということが、私にとってやはり大きかったなと思うんですね。もし自分自身が一人だとしたら、まあちょっとそのまま病気になってしまったかもしれませんね。そしたら全く違う人生になってしまうわけですよね。やはり環境に左右はされますよね。じゃあ、どのような環境を作っていくかというのが、自分自身の大事な人間革命のシナリオの中に入っていないといけないのではないかなと思うんですよね。ただ単に決めることじゃなくて。自分自身はそういう風に思って、今の状況にたどり着いてるわけです。

昨日はヘロヘロで帰りました

昨日ももう、ヘロヘロになって帰りました。孫たちがいるんです。孫たちも多分、疲れてたんでしょうね。なんか寄ってきたりして。人間、同じですよ。そういう時は同じ気持ちになって、そのすりすりを受け入れてあげて。そのすりすりをすることによって、私もこのすりすりをされてるような気持ちになって。男の子ですけどね。もう、そういう時も必要だなって。

普段はもう、物は投げるは、大変なことなんですけど。ギャグはもううるさくて、「もう勘弁してよ」っていう感じなんですけども、昨日はそんな感じになりましてね。そして孫から、飴を1個取ってあるよ、というようなことを言われて。なんか親切にされて、ほっこりしちゃったんですよね。

自分で妻と結婚することができて、子供に恵まれて、娘たちも結婚ができて、孫に恵まれて。この間、夏の合宿がありましたけども、孫たちとの思い出深い歴史を刻み。そして近くに次女夫婦がいて、その婿さんが木村君で、今、ここの5月3日からこの店長をやってるわけですけども。それがこう繋がってくる。この繋がっていくということなんですね。

この流れが広宣流布と言われてるということですから、この流れをどう作っていくのか。流れを作っていったら、人はその重みというか内容を味わうことができますし、流れを見ているだけの人は、その重みではなくて、見えてる現象でしか見えませんし。

同じ家族はありませんから、同じような感じでも同じようなことにはなりませんし、同じような気持ちにはならないわけですよね。ですので、一番大事なのは、自分自身が南無妙法蓮華経と唱えて、自行化他とすることだと思いますし、自分自身が境涯革命していくことによって、自他共の幸福なので。妻が、家族が、孫たちが、幸せの流れにいるというところまでが、私の先ほど言った守備範囲であるという風に思って。

ひ孫と、ひいおじいちゃんが会えた夏

今年の夏はね、95歳の父親がおりますので、おかげ様で孫全員が揃って、話ができて。この間は質問会もしましたね。第2段階の質問会もしました。その質問会をした子が、初めてひいおじいちゃんに会いました。

だから、あえて、何もないままポンっと置くんではなくて、「そっか、おじいちゃんに何か質問したいこと、聞いてみたいことある?」ということをきっかけにですね、結構盛り上がったんですね。うちの父も大変喜んでおりましたね。

どうです、皆さん。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんにお会いしたことってありますかね。私は母方のひいおばあちゃんに会ったことがあるんですね。母方のひいおじいちゃんには会ったことがありません。そして父方のおばあちゃんとおじいちゃんに会ったことがあって。ひいおじいちゃんという存在は、私はお会いしたことがないんですね。記憶にもありませんし、現実的にもありませんでした。

で、今回、私の孫たちは、ひいおじいちゃんに全員が会うことができて、話をすることができて。まあね、5歳、3歳ぐらいですかね、4歳ぐらいだと記憶とかなくなるかもしれませんけど、写真に収まってるわけですね。ですから、表面的な記憶はなくなるかもしれませんけど、生命の実体としてのものは残って。それを後付けで、この写真を見た時に、「あ、これがひいおじいちゃんなんだ、あ、私ちゃんと会ってるんだね」ということが分かるわけですよね。

こういう歴史の事実を、現実を作っていきたいなって思っているわけなんですよ。皆さん、そういう考えになったことありますかね。どうでしょうね。なかなか実家に足が遠くなったり、親兄弟で色々あってね。そういう時期も私もありましたね。

パーフェクトとか完全とかないんですね。パーフェクトに向けてとか、完全に向けてっていくかもしれませんけど、完全じゃないんですよね。完璧ではないんですよね。完璧ってあったとしたら、もう瞬間ですね。完璧っていう瞬間のものであって。でも、そういうものを目指してやっていこうっていうのはあるかもしれませんよね。皆さんの人生においてはいかがでしょうか。

車イスの方の一言から、スロープができた

今日は、このショールームというものをちょこっとご紹介する。これ、たまたまあったんですよ。車椅子の方が「これ、行っても大丈夫ですか」みたいな話があって、実際来ていただいて。

振り返ると、その方は男子部から、違う地域でしたので顔だけ知ってる。どこにいても、その車椅子でその男子部の方がいらっしゃった。それが壮年になって、ご結婚もされて、連絡があって。こちらのお店にお伺いしたいけど、「車椅子でも仏壇、見られますかね」っていう話から始まってですね。「もちろんですよ」と。そのためにスロープをつけましたし、そういう作りをしたわけですけども。まあ、そのことが1点ありましたので。

地域への御礼が、形にできる店になった

古河市が市議会議員選挙のとき、選挙事務所用の駐車場、役員の控室もあって。仏壇を寄せて選挙事務所にして。トイレも事務所もあるもんで、それ全部開けて、10日間ぐらいですかね、貸出しさせていただいて。私はずっとここに常駐して、この管理者としていたわけですけども。そんなこともあります。来年またどうなるか分かりませんけども、もしお願いされたら、快くお引き受けしようと思っております。

これが、この地域、この組織に対して御礼していくっていう貢献が、形としてできる。前のお店だったら駐車場2台ですから、人も入れませんから、5〜6人しかね。そんなことはできないわけですよね。ですので、1mmでも進んだのかな。そして年齢も過ぎていきました。35歳で独立して、今69歳ですからね。

スーパージイジの生きざまを残したい

私の人生はどういうところにいるのか。とても重要なお話ですね。私にとって重要なお話。皆さんにとって何か参考になればと思って、今日はお話しさせていただいております。ぜひコメントをいただければと思います。前向きな、そして信心の気持ちのあるコメントをお待ちしております。

アンチ学会の方、それと私が嫌いな方は、見なければいい話なので、見なくていいんですよね。私はそういう風に思ってますし。やはり仏縁ですから、分かり合える人とは分かり合えるし、そんなに言葉を交わさなくても分かり合いますし。たくさんの時間をかけてお話をして、あるいは説明したとしても、分かり合えない方も現実にはいらっしゃるわけですよね。池田先生のご指導もありました。「無理して好きになることはないよ」と。ですから、無理してやることは何もないと思うんですね。

自分の自由です。自分の意識の中で、自分が価値創造できる良い友達、あるいは良きご縁の方と一緒にいい人生を歩んでいければいいし、「あ、これはな」と思ったら、ある意味スパッと。来る者は拒まず、去る者は追わず、みたいな。そういう風にしていっていいんではないのかな。そして、思ってることはちゃんと口に出して言う、あるいは記録として残すということが重要ではないかなと思っております。

私は、自分自身が池田先生が言われたご指導を自分なりに、自分の境涯で境涯を高めながら、何とか実践しながら、池田先生の弟子の一分として真剣に生きていく、生きざま。これを通して、妻、子供、孫たちにこの信心を。私の、島幸弘の。孫たちには「スーパージイジ」と言ってますけどね。スーパージイジの生きざまを見よと。スーパージイジはどういう人生を歩んだか。これを残しておきたい。なので、こういうライブもYouTubeで記録してね。この世界が崩壊しなければ、これは残っているでしょうし。そして書籍の方も同じですね。

このまんま、これ以上不幸にならないように。これ以上の戦火を誰も望んでないわけですよ。なぜそれを仕掛けるっていう勢力があるのか。ですから、池田先生がおっしゃってる世界平和、世界広宣流布、人間主義。その思想を一人でも多くの方々に、問わず、関係なく。

今、目の前で元気がなければ、「そうですか」と。そういう時もありますね。でも、自分で立ち上がるって気持ちがなくなったら、自分を諦めてしまったら、そこから誰も引っ張り上げてくれる人はいないんですよね。自分が力がなくなってドーンって座ってしまっても、「誰か助けて、私はまだ行きたいの」って言えばね、手を差し伸べる人はいると思うんですよ。「もうどうでもいいんだ」って言ったら、もうそこにいるだけ、邪魔になるだけの話ですからね。

ですから、そうやって人生を自分で選択しているということをお互いに分かりながら、邪魔にならないように、労にならないようにしながら、自分自身の意見、自分自身の夢と希望を実現していきながら、私は毎日一日一日楽しんで、価値創造していく人生を歩んでいきたい。そのように思っております。今後とも何卒よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

以上で、今回156回ですかね、終了させていただきます。本日は最後までご視聴ありがとうございました。また何か良いきっかけになればと。よろしくお願いします。そしてまた、そういった意味で何かご質問とあれば、よろしくお願いいたします。お待ちしております。それでは失礼いたします。

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