【第155回ライブ】題目が苦手だった私が、虚空厨子をつくるまで ― 66歳の決意と一千万遍

8月29日のライブでした。
「後ろにある虚空厨子の話をしよう」と思って始めたのに、気がつけば、ほとんどが「題目があがらなかった三年前」の話になっていました。
でも、それでよかったのだと思います。虚空厨子の原点は、そこにしかないからです。

行き詰まったのは、経済ではなく「自分の気持ち」でした

三年前、私は行き詰まりました。
経済的な状況も確かに苦しかった。けれど、いちばんの問題はそこではありませんでした。自分の気持ちが行き詰まってしまう。これがいちばんこたえるのです。

実際には、何も変わっていません。ちゃんと生活し、ちゃんと仕事をしている。
ただ、少し先が自分で予測できてしまう。すると、可能性を信じきれなくなる。日々の努力を信じきれなくなる。その結果、自分でつくった壁に、自分が押しつぶされそうになるのです。

この業界で這いずり回っている自分が、どうしても許せませんでした。
これだけ頑張ってきたのに。学びにも行った。地域の学会活動もやってきた。自分としてはやってきたじゃないか——その思いでいっぱいになったとき、それが現実として形にならない。そこで自信がなくなる。自信がなくなった瞬間に、力が抜けていくのです。

どんなときでも強い人間は、ほとんどいない

胸に手を当てて考えてみれば分かることですが、いつでも強い人間なんて、ほとんどいません。
そのときに強い人はいます。けれど、どんなときでも強い、というのは絵空事です。マジンガーZや鉄人28号の世代の私が言うのですから、間違いありません。

むしろ人間は、思っているよりずっと賢いのだと思います。勉強ができる・できないの話ではありません。脳という働きそのものが、あまりにもよくできている。
だから悩むのです。生きているかぎり、必ず願望があり、希望がある。それを自覚できていないだけで、生命は無意識のところでずっと悩んでいる。悩むこと自体が、素の人間の姿なのだと思います。

題目をあげればよいのに!あがらない現実がある

不安を解決する方法を、私たちはすでに教わっています。
目の前の御本尊様を拝む。拝むというのは、儀式の形をなぞることではありません。拝むイコール、南無妙法蓮華経の題目を唱えていくということです。

自分の意思で唱える。自分の耳で「南無妙法蓮華経は自分自身の生命なんだ」と聞く。御本尊様の相貌を見ながら、命で感じる。
すると、弱気になっていた気持ちが、だんだんシャキッとしてくるのです。これは本当に、ありがたいことです。

ところが——です。
答えは初めから決まっているのに、題目があがらない。
今日は1時間頑張ろう。今日は30分でいいか。今日はもういい、夜に頑張ればいい。逃げ口をいくらでも探す。脳は素晴らしいので、理屈をいくらでも出してくれます。けれど実行しない。動かない。ただ堂々巡りをしている。

やり続けたこともないのに「題目なんて、もうやった」と評価してしまう。これが元品の無明なのだと思います。
題目があがらないのは、凡夫の定めです。そして、その定めを破ることを宿命転換というのだと、私は思っています。

三千遍では追いつかない。だから一日一万遍にしました

決意したのは66歳のときです。
あと4年で70。この年齢から挽回できるのか。三千遍では追いつかないだろう。五千、七千、八千……それでも足りない。
ならば一万遍。そう決めました。あがるわけがない、と自分でも思いました。

夜の勤行のときに題目をあげればよいのだと判断したとしても、そんなに簡単に題目はあがらないのです。
だとしたら朝しかない。では朝に一万遍をどうやってあげるのか。
——それを悩んでいたら、いつまでもできません。やると決めたら、やる。それだけでした。

決意は固まりました。あとは実行のみです。
考えること、決意することは、意外と簡単なのです。問題は実行すること、実践すること。これが最大の壁なのです。

題目に向かえる場所を、自分でつくるしかなかった

そこで思ったのです。
自分が納得できる、自分が題目に向かえる仏壇を、自分で作らなければいけない。
これが、後ろに置いてある虚空厨子の始まりであり、原点です。

法華経の虚空会の儀式を学び直し、御本尊様をご安置する「厨子」そのものを作り直しました。
自宅の事務所に据えて、御本尊様をお移しして、唱えてみた。
不思議なものです。御本尊様は同じです。それでも、自分が思いを込めて作った厨子にご安置して向かうと、題目がすーっとあがっていく。まるで本部の大誓堂での池田先生とのお題目のように、あの勢い、あの迫力が再現されたようでした。

自分で自分を洗脳したのかもしれません。正直、そう思うこともあります。
けれども、大事なのはここです。仏壇が題目をあげさせてくれるわけではありません。自分自身の決意なくして、仏壇を購入したから題目があがる、ということは絶対にないのです。

三年で一千万遍。その先で分かったこと

休んだ日もあります。あげられない日もありました。体調を崩した日もありました。
それでも三年かけて、目標だった一千万遍を達成させていただきました。

面白かったのは、そのあとです。
達成後の三ヶ月で百万遍。この百万遍が、土台の一千万遍が効いているせいでしょうか、これまでの三年分に匹敵するほどの手ごたえがありました。倍速、三倍速で自分が変わっていく——それが命で実感できるのです。

今では、題目をあげずに一日を始めるという考え方が、もうありません。
もったいないのです。一生のうちの、たった一日かもしれません。けれどその一日が一生に還っていく。いつまで寿命があるか分からないこの一日を、題目なしで始めることが、どれほどもったいないか。毎日そう実感しています。

黒檀の虚空厨子は、これが最後の一体になります

ここからは、後ろに映っている虚空厨子そのもののお話です。

向かって右にあるのが黒檀の虚空厨子です。
工房から「黒檀の材が枯渇していて、もう手に入らない」と言われました。ですので、これが最後の一体になります。世界にこの一つだけ。今なら即納できる状態です。

材料としては、ほかにチーク材とウォールナット材がございます。ウォールナットも色目が何種類かあり、塗装の濃淡でも表情が変わります。
カラーリングは、先日ホームページに出しましたとおり622色からお選びいただけます。木目も変更できます。

秋冬モデルとしては、鹿児島県・屋久島の屋久杉で作ったものが一つ仕上がってきます。
もう一種、希少材のものも最後にお願いして二本だけ作りました。一本はすでにお客様が決まっており、出来上がりを待っていただいています。

よくご質問をいただくのが「この下の部分はどうするのですか」というものです。
ご自身でお選びいただいても結構ですし、「同じ材で作りたい」というご希望があれば、そのようにお作りできます。

私の使命は、全世界に題目の渦を巻き起こすこと

御本尊様をご安置するところを「厨子」と言い、その周りを「仏壇」と言います。仏壇は、いわばデコレーションです。
この道45年目に入りましたが、いちばん大事なのは厨子の部分だと、私は確信しています。

6歳で入会し、未来部・少年部・男子部と歩んできて、その間に2年ほど退転したこともあります。だからこそ、御本尊様と学会の素晴らしさが分かりました。
その私が、66歳になってようやく題目を根本に据えました。側ではなく、厨子と御本尊様を中心に置く。それがどれほど違うことになるのか、この三年、四年目で猛烈に体験しています。

ですから、仏壇を売りたいという次元の話ではありません。
創価学会仏壇は、題目をあげるためにある。私は改めて、そう定義させていただきました。

そして桜梅桃李ですから、虚空厨子があなたに合うとは限りません。
あなたが題目をあげられると思えるお仏壇を、あなたが選ぶ。それを一つの大きなきっかけとして、そこから題目を根本に人生を歩んでいっていただきたい。
その一人ひとりの生き方そのものが、世界広宣流布です。一人が増えれば増えるほど、世界は安定し、平和に貢献していきます。

私が今生に生まれた使命は、全世界に題目の渦を巻き起こすこと
苦手だった題目を乗り越えさせてもらった、その途中で生まれたのが虚空厨子でした。

よろしければ、ショールームまでいらしてください。
なんでしたら、ご自身の御本尊様をお持ちいただいて、ご安置して唱えてみてください。普段は誰も来ませんから、大声で唱えていただいて大丈夫です。
厨子が違うと、こんなにも違うのか——それは、ご自身の命で確かめていただくのがいちばんだと思っています。

🙏 島幸弘|桜梅桃李.com からのご案内

あなたらしく、最高に輝く!

創価学会仏壇専門店 桜梅桃李.com

創業45年目(1982年創業)/創価学会仏壇 累計販売実績 17,113本/創価中古仏壇 再生実績 1,500本以上/商標登録「仏壇革命 虚空厨子」/北海道〜沖縄・海外配送まで

📱 LINEでご相談ください

ご質問・お見積り・買取のご相談


虚空厨子公式サイト著作YouTubeSGI Butsudan Net(English)