「正しさ」という牢獄を突き破れ!
――イデオロギーで人を裁く慢心を、私は信心で打ち破った。
今の世の中、どこを見渡しても「正論」のぶつけ合いばかりです。
右か左か、賛成か反対か。SNSを開けば、自分たちの正義を振りかざし、異を唱える者を容赦なく叩き伏せる。そんな冷徹な「イデオロギー」の戦場と化しています。
しかし、私はあえて問いたい。
その「正しさ」で、一人の人間の命が救えるのか?
その「理屈」で、宿命の嵐に震え、明日への希望を失った人の心に、火を灯せるのか?
私、島幸弘も、かつてはそうでした。
44年の信心の歩みの中で、「信心とはこうあるべきだ」「なぜ指導通りにできないんだ」と、自分の正解を相手に押し付け、裁いていた傲慢な時期がありました。
しかし、自分が事業の失敗や人間関係の葛藤という、崖っぷちの絶望に立たされた時、私を救ったのは高尚な理論ではありませんでした。
池田先生の「一人の人間を、どこまでも、死ぬまで信じ抜く」という、
凄まじいまでの「生命の尊厳」への執念だったのです。
■人間を「手段」にするな
世の中のあらゆるイデオロギー(思想)は、「理想の社会」という大きな目的のために、人間を「数」や「手段」として扱います。「全体のために、個の犠牲はやむを得ない」――そんな冷たい理屈を、私は断じて認めません。
仏法の眼から見れば、一人の生命は全宇宙の財宝にも等しい絶対の存在です。
人間がいかなる目的のためにも「手段」にされてはならない。一人ひとりが「主人公」であり、生きていること自体が「目的」そのものなんです。
■カテゴリーを突き破る「一人」への執着
イデオロギーは人をカテゴリーで括ります。「味方か敵か」「〇〇層か」。
しかし、そんな安いレッテルで人間を判別できるはずがない。
目の前にいるのは、名前があり、人知れぬ涙を流し、血の滲むような努力をしてきた、唯一無二の「あなた」です。
相手を論破してひれ伏せさせても、心に灯はともりません。
相手の立場を聴き、その背景を想像し、心の痛みにどこまでも寄り添う。
共に泣り、共に怒り、共に「南無妙法蓮華経」と唱え抜く。
この「泥臭い生命の触発」の中にしか、尊厳の光は宿らないのです。
■これこそが「人間革命」の直道
今日から、「正しさ」という安全地帯に逃げ込むのをやめようではありませんか。
理屈で武装して人を裁く前に、目の前の一人の「仏性」を信じ抜き、その人の誇りを守るために戦い抜く。
相手の心に「あんたは最高の宝だ!」と火を点ける。
この命と命の火花が散る瞬間にこそ、本当の「人間革命」のドラマが始まる。
私は、この「生命尊厳」の哲学を証明するために、毎日一万遍の題目をあげ抜き、一台一台の仏壇に魂を込めています。
理屈を超えた、生命勝利の道を、私と共に歩もうではありませんか。
創価学会仏壇専門店 桜梅桃李.com
店長 島 幸弘