情熱店長ブログ
〈小説「新・人間革命」〉 常楽 四十 を読んだ感想 島 幸弘
板曼荼羅にするのは、御本尊を大切にするためだからよい――とのことであった。
さらに、九月二日、宗門との連絡会議では創価学会常住の御本尊謹刻を、あらためて伝え、法主了解のもと、謹刻を進めた。
そして、翌七五年(同五十年)元日、学会本部での新年勤行会に先立ち、山本伸一の導師で入仏式が行われた。翌日、伸一は、法主の日達に、入仏式について報告している。日蓮大聖人は、「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(御書一一二四ページ)と仰せである。創価学会は、初代会長の牧口常三郎以来、御本尊根本の信心を会員に徹底し、皆がその精神を確立することによって、各人が大功徳の実証を示してきた。また、その信心によって、広宣流布の流れが開かれてきたのだ。
「ご本尊根本の信心を未来永劫にわたり成就するための謹刻、法主了解の元、創価学会総本部の大誓堂にご安置されている事に池田先生の世界広宣流布にかける思いは厳然と実現されている事に大感謝・大感激・大歓喜!」
絵・記事内容は聖教新聞から転載させて頂きました)
〈聖教新聞社説2月14日付〉 大聖人御聖誕の日に誓う を読んだ感想 島 幸弘
「民が子」(御書1332ページ)として生を受けられた大聖人は、父母をはじめ、塗炭の苦しみにあえぐ多くの庶民を救うために修学を重ね、32歳で立宗宣言。以来、門下一人一人の心に希望の灯をともしてこられた。為政者や堕落した聖職者による相次ぐ迫害にも屈することなく万人救済の法を弘め続けられた大聖人。その尊き軌跡自体が、“いかに生きるべきか”という問いに対する最高のメッセージにほかならない。
<抜粋>
この大聖人の御精神と実践を現代によみがえらせたのが、創価学会であることは論をまたない。牧口常三郎初代会長は、厳然と仰せである。
「信者と行者は区別しなければならない。信ずるだけでも、お願いをすれば、御利益はあるに相違ないが、ただそれだけでは、菩薩行にはならない。自分ばかり御利益を得て、他人に施さないような個人主義の仏はないはずである。菩薩行をせねば仏にはなれないのである」
来る16日で、日蓮大聖人の御聖誕(貞応元年〈1222年〉)から794年を数える。御本仏・大聖人直結の「法華経の行者」の誉れを胸に、目の前の“一人”を励ます地道な「菩薩行」の実践で、社会を希望の光で照らしていきたい。
「人が幸せを感じ、自分自身で生き抜く力が必ずあると、我が人生を勝ち飾る所願満足の生き方を大聖人の仏法は教えてくれている。日々の自分は南無妙法蓮華経の当体であり仏の使いであり菩薩の人生を送ってまいりたい」
小説「新・人間革命」〉 常楽 三十三 を読んだ感想 島 幸弘
この体育大会は、青年たちが愉快に楽しく体を鍛え、団結の大切さなどを学んでいくことも極めて有意義であると考え、伸一が発案し、企画した催しであった。しかし、理事室は、「信心の活動で忙しいのに、そんなことをやる必要があるのか」「宗教団体として適当とは思えない」「それに費やす費用と労力が、価値的であるのか」などと言い、開催を認めようとはしなかった。
しかし、会長の戸田城聖は、了解してくれた。すべて青年部の責任において実施することになったのである。体育大会の結果は、大成功であった。そこから新しい活力が生まれ、新しい人材が育っていった。さらにそれは、学会の伝統行事となり、後の平和文化祭の源流となっていくのである。
「新たな試みは価値の創造となり活力が生まれ、拡大の礎になる!常に変化に対応できる我が人生であれ」
(絵・記事内容は聖教新聞から転載させて頂きました)