情熱店長ブログ
先ほど茨城県古河友光ゾーンの南三和支部、壮年男子の御書講義「先駆の日」の講義を担当しました。
先ほど茨城県古河友光ゾーンの南三和支部、壮年男子の御書講義「先駆の日」が終了しました。
本日から夏期週間にもかかわらず多数のメンバーが参加してくださいました。
今回の目玉は、仏力・法力=信力・行力の譬えでした。
持参した小さなチーンのリンと拠点の大きなりんを仏の境涯に譬え小さなリンボウと大きなリンボウを信力・行力=誓願の祈りの大きさに譬え、そして、リンの打ち方の力の強さで音の変化を試しながら祈りの強さを表現して皆さんに理解をして頂くことができたようです。
私なりに、池田先生の御書講義を具体的な形で表現できるように毎回工夫して、自分の最新の体験を織り交ぜながらホワイトボードを使い行っています。
次回は大白蓮華8月号 8月28日、午後1時30分になります。
〈小説「新・人間革命」〉 清新 三十三 を読んだ感想と決意 島幸弘
支部長の中沢正太郎と支部婦人部長で彼の妻である美代子が、「先生。ありがとうございます!」と、声をそろえてあいさつした。
二人は、七年間にわたって、この大野支部の支部長・婦人部長を務めてきた。「日本一明るい功徳あふれる地域建設」をめざして、支部員一人ひとりの幸せを祈り抜くことから戦いは始まった。闘病中の人、事業不振の壮年、夫の入会を願う婦人など、それぞれの悩みを自身の悩みとして必死に祈った。
「支部長も、婦人部長も、いつ行っても唱題してますね」と評判になった。
正太郎は、一壮年の再起を願い、半年間、自宅へ、激励に通い続けたこともあった。美代子もまた、家庭訪問を欠かさなかった。
「何かあると一緒に悩んでくれる」――それが学会の世界である。
支部のメンバーも、夫妻の個性や性格をよく理解し、力を合わせ、支え合って、支部の建設に取り組んできた。一人を大切にするリーダーの祈りと行動、皆の団結が、模範の支部をつくり上げてきたのだ。
伸一は、集った同志のためにピアノを弾き、一緒に唱題し、語り合った。
「苦しい時、辛い時もあるでしょう。そのありのままの思いを、御本尊に訴えて唱題していけばいいんです。“困っています。力をください!”――それでいいんです。御本尊は、なんでも願いを聞いてくださる。そして、この御本尊と共に、広宣流布の使命に生きる決意を固めるんですよ」(聖教新聞より転載)
「自分自身の信心の姿勢は家族、そして組織にも現れる。依正不二である。自身の使命感を持って広布に生きる思いをしっかりとかみしめながら今日も一日生きていこう!
〈小説「新・人間革命」〉 清新 三十二を読んだ感想と決意 島幸弘
山本伸一は、この日、「信心」と「実践」の関係について語っていった。
「正しい仏道修行には、『信』と『行』の両方が、正しく備わっていなければなりません。『信』とは、御本尊を信じ抜いていくことです。『行』とは、自ら唱題に励むとともに、人にも正しい仏法を教えていく、折伏・弘教であり、現代でいえば学会活動です。
たとえ、御本尊を信受していたとしても、信心の実践、すなわち具体的な修行をおろそかにしては、本物の信心とはいえません。
青森から東京へ行こうとしても、ただ思っているだけでは、到着することはない。行動を起こし、実践があってこそ、目的を果たすことができる。また、せっかく行動に移し、出発したとしても、途中で止まってしまえば、東京へは着きません。
同様に、信心も観念的で中途半端なものに終わってはならない。実践がなければ、功徳の体験を積めず、強い確信を育むこともできない。そして、何かあると縁に紛動され、退転してしまうことになりかねません。それに対して、実践の人は、いざという時に強い。
その実践は、大聖人が『行学は信心よりをこるべく候』(御書一三六一ページ)と仰せのように、『行』も、『学』すなわち教学の研鑽も、御本尊への強い『信』から出発するものでなければならない。
『信』なき実践は、一生懸命に動いていても、形式的なものになり、惰性化し、次第に歓喜も失われていってしまいます。
ともあれ、純粋にして強き信心は、おのずから、果敢にして忍耐強い実践につながっていく。『我もいたし人をも教化候へ』(同)の御聖訓のごとく、自行化他にわたる実践を展開し、この東北の天地から、新しい広布の光を放っていただきたいのであります」
風雪は、ともすれば人の行動を奪う。しかし、東北の同志は、吹雪にさっそうと胸を張り、広宣流布に戦い抜いてきた。その粘り強い実践を貫き通していくならば、愛する「みちのく」に、必ず陽光輝く清新の春は来る。(聖教新聞より転載)
「信心は観念ではなく実践だ、どのように自分自身が決意して実践行動に移るのか?それによって違う結果となる。自分の一念の通りの所願満足の人生を送っていきたい!」
〈小説「新・人間革命」〉 清新 三十一を読んだ感想と決意 島幸弘
伸一は、「決まった人だと面白くないから、隣にいる新任の方にお願いしましょう」と言った。大変なのは、指名された人であった。抱負を語るはずが、「大任を拝しまして、どうしたらいいのか本当に迷っております。でも、頑張ります!」と、率直に心境を吐露する幹部もいた。
大爆笑が起こった。
形式に則ることは、もちろん必要である。しかし、形式だけに寄りかかってしまうと、型通りにやっていればよいという考えに陥ってしまい、工夫も怠り、マンネリ化が始まる。
生き生きと広宣流布の運動を進めていくには、日々、絶えざる革新が必要である。
形式に安住して、ともすれば改善の努力を忘れてしまう惰性化した心を、伸一は打ち破っておきたかったのである。創価とは、間断なき価値創造であるからだ。(聖教新聞より転載)
「常に改善しより価値的に運営して行く、皆が感動できるぐらいの工夫は主催者として当然であり、結果参加の皆さまが元気にがんばろうと思う!仕事も組織もこの意識で常に改善して行こう」
〈小説「新・人間革命」〉 清新 二十八 を読んだ感想と決意 島幸弘
「わかりました。今日の予定は、午後一時半に青森・秋田合同の代表幹部会があり、それから秋田県の代表と懇談会、弘前大学会のメンバーとの記念撮影がありますので、そのあと、夕方からなら可能です。皆さんの方は大丈夫ですか。会館に来ることができる方は、全員、おいでください」
また、大野支部以外の近隣の人たちも、希望者は参加できることにした。
伸一は、この日も、朝からフル回転の一日となった。昼には、結成された青森未来会の第一期生を激励。引き続き、彼を訪ねて来た下北のメンバー数人と懇談した。
――十年前の春のことである。下北半島の大湊で行われた中等部員会に集った三、四十人のメンバーの写真と、代表が綴った決意文が、伸一のもとへ郵送されてきた。
彼は、本州最北端の下北で、中等部員が大志に燃え、喜々として信心に励んでいることが、たまらなく嬉しかった。
すぐに、非売品である自身の『若き日の日記』第二巻に、「下北の中等部員の成長と栄光を ぼくはいつも祈ろう。此の写真の友と十年後に必ず会おう」と認めて贈った。
さらに翌年十一月、吹雪の大地に生きる若き友を思い、自著『私の人生観』に「下北の わが中等部 嵐征け」と書き贈ったのだ。
その代表の青年たちと、当時の中等部の担当者であった婦人が訪ねて来たのである。(聖教新聞より転載)
「人間は一度出会えば縁ができる、しかしその縁を何十年も大切に心に入れておくことは難しいものだ。しかし今生の縁は間違いなく自分自身と繋がっている。すべての縁を大切に生きたい!」
〈小説「新・人間革命」〉 清新 二十六を読んだ感想と決意 島幸弘
彼はリーダーの生き方について語った。
「東北には、東京に本社があり、青森や秋田などの各県に、支社や支店を置く企業が多い。支社・支店長には、本社から派遣される人が、かなりの割合を占める。
そのなかで優れた実績を残すリーダーに共通しているのは、“この地に骨を埋めよう。地元に貢献しよう”との決意を固めている人であるといいます。
しかし、冬は雪との戦いになり、寒さが過酷であるため、なかには、早く本社に戻ることばかり考え、一時的に華々しい実績を上げればよいと、その場しのぎの仕事をする人もいる。また、“何年かすれば、異動になるだろう。失敗さえしなければよい”と力を抜き、積極的に物事に取り組もうとしない人もいるといわれています。
リーダーが、どういう考えなのかは、下で働く社員や周囲の人たちには、手に取るようにわかる。うまく取り繕っていても、その心根は、日々の生き方に現れるからです。
たとえば、下には権威的になって威張り、上には媚びへつらう。失敗を恐れるあまり、人への不信感が強い。都合のよい報告を本社に上げることにしか関心を示さない。自分は楽ばかりして、何かあると人に責任を押しつけ、決して泥をかぶらない――という行動になる。その結果、みんなの心は離れていく。
つまり、そうした腰掛け的なリーダーの生き方が破綻の要因になっていくんです。
それに対して、労を惜しまず会員のために尽くし抜く学会の幹部は、『真実のリーダーはかくあれ!』と、社会に模範のリーダー像を示しているんです。どうか、リーダー革命を推進しているとの誇りをもってください」(聖教新聞より転載)
「環境には順応しながらも、自分自身の生き方は信念をもって貫く!」
〈小説「新・人間革命」〉 清新 二十五を読んだ感想と決意 島幸弘
「おばんでございます!」
東北風の伸一のあいさつに場内は沸いた。
「皆さんは、苦労され、頑張ってこられたんだから、今日は堅苦しい話は抜きにして、歌でも歌って楽しくやりましょう。
さあ、どなたか、歌ってください。ただし学会歌以外にします」
年配の男性が古い歌謡曲を歌いだした。皆が手拍子を打つ。空気は一気に和んだ。
次から次へと立ち上がり、「八戸小唄」「黒田節」と歌いだす。青森支部の初代支部長の金木正が、もう一人の壮年と「佐渡おけさ」を歌った。
「うまいね! アンコール、アンコール」
伸一の言葉に、金木は直立不動で、「それでは子どもの時代に戻りまして『ハトポッポ』を歌います」と言って、両手を左右に広げ、羽のように動かしながら歌い始めた。
金木は税理士をしており、謹厳実直で冗談一つ言わぬだけに、皆の驚きは大きかった。
さらに、東北地方に伝わる数え歌を、箒を手にして踊りながら歌い始めた。
「カンカラカンとカンマイダ 一羽もしんじょ……」
皆、腹を抱えて大笑いし、声を合わせる。
伸一は東北長の山中暉男を呼んで言った。
「みんなの顔を見てごらん。あの目を見てごらん。本当に嬉しそうじゃないか! この顔を絶対に忘れてはいけないよ。楽しく自由にやれば、みんな生き生きと頑張るんだよ。そうすれば、東北は全国一になる。みんなの喜びを引き出していくのがリーダーだよ」(聖教新聞より転載)
「リーダーとはどうしたらみんなが喜んで頑張れるか?そのためにどうしたらよいのかを一番考え真っ先に実践する人、そんな人になって行く」