2017年2月
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十八 (聖教新聞より転載)
四月二十四日午前十時、東京・新宿文化会館で県長会が開催された。同会館は、信濃町の学会本部、聖教新聞社からも、徒歩十分ほどのところにある。統一地方選挙の支援活動を大勝利で終え、全国から集ってきた参加者の表情は晴れやかであった。
まだ、会場に山本伸一の姿はなかったが、開会を告げる司会の声が響いた。
冒頭、理事長の十条潔が登壇した。五月三日を前にした新出発の県長会である。しかし、彼の顔には、笑みも精彩もなかった。
十条は「七つの鐘」の淵源を語り始めた。
「山本先生は、戸田先生が逝去され、皆が悲しみに沈んでいた一九五八年(昭和三十三年)五月三日の本部総会で、『七つの鐘』の構想を語ってくださいました。かつて戸田先生が、『学会は創立以来、七年ごとに大きな前進の節を刻んできた』と話されたことを確認されて、この年が、『第五の鐘』を鳴らす時であると訴えられたのであります。
それによって私たちは悲しみを乗り越え、『第七の鐘』が鳴り終わる一九七九年(同五十四年)を目標に、未来に希望を仰ぎ見ながら、新しい出発をいたしました。
今、その『七つの鐘』が、いよいよ鳴り終わる時を迎えようとしているのであります。今後は、明一九八〇年(同五十五年)から五年ごとのリズムで広宣流布の歩みを進め、さらに二十一世紀から、再び新しい『七つの鐘』を鳴らし、前進していく構想を、先生は既に発表してくださっております。
山本先生は、会長就任以来、広宣流布の流れを渓流から大河へ、大河から大海へと、大きく発展させながら、時代に即応できるよう、さまざまな改革に着手してこられました。運営面での民主的な下意上達の組織づくりをされ、合議制も深く根差してまいりました。七四年(同四十九年)には代表役員を会長から理事長にするよう推進されました」
伸一は、未来のために新しい体制づくりを進めてきた。時代即応の適切な布石がなされてこそ、創価学会の永遠の栄えがあるからだ。
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十八を読んだ感想と決意 島幸弘
池田先生は時代に即応した創価学会の組織を様々に着手改革されてきた。特に運営面で民主的な下位上達の組織つくりをされ、合議制も深く根差しているとの事。まさに創価学会の1000年先への布石でると感動する。しかして現場での会合革命・幹部革命・時間革命などはいかがでしょう。池田先生の一人の会員が信心に励み学会活動ができるように時代を鑑み手をうたれている。会合のための組織ではなく信心をさらに触発し進化させるための会合である。充分に参加者に配慮した形を望みます。運営が戦いではなく個人の人間革命の戦いであるとおもう昨今でもあります。徐々に現場の組織も変わりつつあると思いますが、時代は急速に変化しており徐々のスピード感では追いつくことは難しいと思ってしまいます。勘違いしてほしくないのですが、これは組織批判や中傷ではありません。池田先生のご構想を現実の組織でも実現する必要があると思う事からの意見であるからです。私自身も少しでも地域組織、なかんずく所属支部壮年・男子部のために貢献できるよう今後も頑張ってい参ります。
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十七(聖教新聞より転載)
偉業は、継続のなかにある。真の大業は、何代もの後継の人があってこそ、成就するものだ。
山本伸一は、さらに所感で述べていった。
「ここで大事なことは、広宣流布は、不断の永続革命であるがゆえに、後に続く人びとに、どのように、この松明を継承させていくかということであります。一つの完結は、次への新しい船出であります。一つの歴史の区切りは、今再びの新たなる壮大な歴史への展開となっていかねばなりません。
私は、二十一世紀への大いなる道を開くために、また皆様方の安穏と幸福のために、さらにお子様たちが、正法正義を受け継ぎ、永遠に繁栄していくために、その流れをどうつくりゆくか、ということに、日々月々に煩悶し思索し続けてまいりました。これが時代とともに歩みゆく、私の責任であったからであります。
そして今ここに、化儀の広宣流布の歩みは、渓流から大河に、さらに大河から大海へと新しい流れをつくるにいたりました」
続いて、この大河の流れを安定、恒久ならしめなければならないことを痛感しているとの心情を披瀝。広宣流布は「大地を的とするなるべし」(御書一三六〇ページ)との日蓮大聖人の御金言を深く深く心に刻み、たゆまざる信行学の前進を再び誓い合っていきたいと強く訴え、結びとしたのである。
伸一のこの所感「『七つの鐘』終了に当たって」が掲載された「聖教新聞」を見た学会員は、同志に対する伸一の深い感謝の心と新出発の気概を感じ、新たな決意に燃えた。
この日に会長辞任が発表されるなど、誰も予想だにしなかったのである。
実は、学会員は、大きな喜びに包まれ、この朝を迎えたのだ。前々日の二十二日、第九回統一地方選挙を締めくくる東京特別区議選、一般市議選、町村議選などの投票が行われ、二十三日夕刻には、学会が支援した公明党の大勝利が確定したのである。
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十七を読んだ感想と決意 島幸弘
時は流れ、変化し続ける。人生も時代も人も考え方も変化しそして続く、どのようにこの信心を継承できるようにして行くのか?わたしも自分の人生でまた仕事において非常に悩ましく思っている部分でもあるが、悩ましく感じている私自体が深々と自分革命を起こしている事でもある事に気づく。人ぞれぞれの課題があり悩みがあるものだ、自分だけが悩んでいるのではなく、同じところに立っていても、実は立ち位置そのものが違う事を理解できれば、当然違う意見が出てきて当たり前であり、逆に意見が出ないことが無言の承認ではない事に気づくべきでもある。特に日本人は自分の意思を表に出さない傾向があるように思う。であるならば安心して意見ができる場であり組織を考える必要が出てきている。この土壌を造らぬ限り広布継承の流れは先輩である私たち自身が止めている節がある、青年の本当の心を受け入れ次代の流れをスムーズにするための私たちでありたいものだ!
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十六(聖教新聞より転載)
山本伸一は、人類の危機が現実化しつつあるなかで、地涌の菩薩の連帯は世界九十数カ国に広がり、日蓮仏法が唯一の希望となっていることに言及し、未来への展望に触れた。
「いまだ世界にわたる平和と文化の実現は、緒についたばかりの段階でありますが、この地球上には、確実にその種子は植えられ、芽をふいております。これについては、私も今まで努力を積み重ねてまいりました。しかし、本格的に取り組むのはこれからであり、信仰者としての私どものなすべき大きな未来図として描いていかねばならない。
平和、文化の魂は宗教であり、その潮流の力は、国家を超えた人間の力であります。古来、文化とは宗教が生命であった。
平和もまた、人間の心の砦のなかに築いていくしかない。一つの基盤が整った時は、恒久的な文化、平和へと歴史の流れを私どもの力でつくっていくしかないのであります」
宗教者が、宗教という枠のなかだけにとどまり、現実世界の危機に目をふさぐなら、その宗教は無用の長物といってよい。宗教は社会建設の力である。仏法者の使命は、人類の幸福と世界の平和の実現にある。ゆえに日蓮大聖人は、「立正安国」を叫ばれたのだ。
文豪トルストイも、こう記している。
「宗教は、過去に於けると同様に、人間社会の主要な原動力であり、心臓であることに変わりない」(注)
伸一は続けた。
「ともあれ、ここに広布の山並みが、はるかに展望し得る一つの歴史を築くことができました。既に広布への人材の陣列も盤石となり、あとには陸続と二十一世紀に躍り出る若人が続いている。まことに頼もしい限りであります。私どもは、この日、この時を待ちに待った。これこそ、ありとあらゆる分野、立場を超えて結ばれた信心の絆の勝利であり、人間の凱歌であります」
それは、彼の勝利宣言でもあった。
創価学会が、わが同志が成し遂げた、厳たる広宣流布の事実は永遠不滅である。
〈小説「新・人間革命」〉 大山 三十六を読んだ感想と決意 島幸
平和・文化の魂は宗教である。との先生のご指導を最近身に染みて感じているところである。人の心というものは純粋な生命に、様々な感情が取り巻き縁にふれ現実のその人の人柄に現れてくる。自分自身が意識もしていないような言葉や行動に自分自身が驚き慌てることも少なくない。これは自分自身の過去経験したものの積み重ねて、その縁に触れた瞬間に反射的に現出するものである。魂の中にある宗教(生きる基本的な思考)により過去世から現世に至る自分自身の体験は自分自身の正直な気持ちと合致している。宗教自体が平和思想なのか?文化を重んじる思想なのか?逆に問いたい。日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の宗教・信心は人間の根本的な幸福感・平和・文化思想で元に自らその人間生命を覚醒し、自ら自分自身に蘇る根本思想である。願わくば国家の最高権力者は民衆の不幸を是正する根本思想のもと政治を行い国家・国民の真の幸福・平和・安心・繁栄を施政してほしい!
今日は聖教新聞休刊日ですので、朝から唄三線でも一曲お届けいたします
沖縄県の宮古島に古くから伝わる代表的な民謡です。教訓かでもあるので、興味のある方がご覧くださいませ
以下内容はhttps://www.churashima.net/shimauta/05/から転載させれ頂きました。
歌詞】
一、サーなりやまや なりてぃぬなりやま
すぅみやまや すぅみてぃぬ すぅみやま
イラユマーン サーヤーヌ
すぅみてぃぬ すぅみやま
二、サーなりやま参いってぃ なりぶりさます゜なよ
すぅみやま参いってぃ すぅみぶりさます゜なよ
イラユマーン サーヤーヌ
すぅみぶりさまっす゜なよ
三、サー馬ん乗らば 手綱ゆゆるすなよ
美童屋行き 心許すなよ
イラユマーン サーヤーヌ
心許すなよ
(大意)
一、慣れているヤマへ行っても染まってはいけませんよ
二、慣れているヤマへ行き、女性に惚れてしまって
仕事をしなくなってはいけませんよ
三、馬に乗ったら手綱を許してはいけません。
美しい女性の屋敷へ行っても心を許してはいけませんよ
池田大作先生 四季の励まし〉 感謝の心で人生は輝く(聖教新聞より転載)
感謝がある人は幸福である。
心には豊かさがあふれ、
喜びに満ち、
生き生きとして明るい。
福徳が輝く。
感謝のない人は不幸である。
いつも、不平と不満、
嫉妬と恨みと愚痴の
暗雲が渦巻いている。
だから、人も離れていく。
わが人生を輝かせゆく源泉は、
報恩感謝の一念にこそあるのだ。
誰のどのような行いによって
今の自分があるのか。
そのことを深く知り
感謝することで、
自己を最も強く肯定し、
自分自身の存在の基盤を
確立することができる。
自身の基盤を確立することは、
自分自身の大いなる
発展の土台となるのである。
報恩とは、
自身の可能性を最大に開いていく
「人間革命」の挑戦なのだ。
大文豪ゲーテは言う。
「感謝しなければならぬ人と
出あいながら、
感謝をわすれていることが、
どんなにしばしばだろう」
その通りである。
陰で支えてくれた方々に、
感謝の声を掛けていくことだ。
決して
当たり前と思ってはならない。
声一つ、言葉一つで、
人間の心は動く。
その心が一切を決める根本だ。
感謝を忘れず、
報恩に徹すれば、
自ずから
為すべき行動は定まる。
必ず無限の勇気と智慧が、
滾々と
湧き起こってくるのだ。
感謝の人は光る。
報恩の世界は栄える。